内容紹介            中国文化史を大きく二つに切り分けるとすれば、間違いなくその切り口は宋代(10-13世紀)に設定されるであろう。「東洋のルネッサンス」とも称された様々な変革がこの宋代に起こっているが、出版技術が発展・拡散し、版本が普及したこともその一つに数えられる。とりわけ北宋中期(11世紀)以降顕著になっていくこうした変革の中で、南宋(1127-1279)の文学作品については「編集→刊行→読者による入手及び反応」という、現在にも通じる流通の過程を観測することが可能である。この流通過程は、それまで首都を中心とした中央から各地域へと舞台を広げていき、それに伴って地方社会を活動拠点とした中間層文人(科挙周縁層)を編集・刊行の担い手に加えていったのである。     本書は、如上の中間層文人の存在に着目しながら、王十朋と陸游という二人の南宋文人の作品及び詩集の流通過程について、いかに編集・出版され、どのように読者層が反応したか(あるいはどのような反応が期待されたか)を検討しながら、南宋文学に出版業の隆盛と版本の普及という画期的な文化現象がもたらした変革について究明しようとするものである。 
 
 著者紹介 甲斐雄一(かい ゆういち), 2005年,九州大学文学部卒業。2011年,九州大学大学院人文科学府博士後期課程単位取得退学。現在,日本学術振興会特別研究員PD。博士(文学)。 
 
 目次 凡 例  序 章   一 宋代文人と版本の普及   二 南宋出版文化における地域性   三 士大夫と中間層文人   四 王十朋と陸游   五 関連する先行研究の概要   六 本書の構成と目的 上篇 「状元」王十朋と南宋出版業  第一章 王十朋編『楚東唱酬集』について  南宋官僚文人の地方赴任と出版     一 はじめに   二 紹興二十四年、二十七年の科挙が象徴するもの   三 「楚東詩社」と張浚   四 楚東唱和活動とその内容   五 『楚東集』の刊行と王・張唱和   六 官僚文人の唱和としての楚東唱和活動  第二章 王十朋『会稽三賦』と史鋳注   一 南宋期における創作主体の移行   二 王十朋「会稽三賦」と周世則注   三 史鋳と『会稽三賦』   四 史鋳注の特徴  第三章 「王状元」と福建  王十朋と『王状元集百家注東坡先生詩』の注釈者たち     一 南宋刊本と冠辞   二 百名の注釈者について  王文誥の分類を手がかりに     三 王十朋と反秦檜勢力   四 王十朋と故郷・温州   五 泉州赴任期における王十朋と注釈者の交流   六 朱熹による王十朋評価とその継承   七 「王状元」の価値と王状元本の編集者 下篇 陸游の四川体験と『剣南詩稿』の刊刻   第四章 陸游と四川人士の交流  范成大の成都赴任と関連して     一 陸游と四川   二 陸游と張縯の交流   三 「放翁」の号と四川人士   四 范成大の成都赴任   五 陸游詩の憂国表現と四川人士   六 陸游と「元祐」   七 南宋における文学交流と地方出版の成熟  第五章 陸游の厳州赴任と『剣南詩稿』の刊刻   一 問題の所在  陸游『剣南詩稿』とその読者層     二 陸游の知厳州拝命と詩人陸游の名声   三 『剣南詩稿』初編本から厳州刊本へ   四 厳州刊本への反応からみた陸游評価   五 蔵書家・山陰陸氏と厳州の出版  第六章 南宋の陸游評価における入蜀をめぐって  宋代杜甫詩評を手がかりとして     一 問題の所在   二 陸游の同時代評価と杜甫   三 宋代杜甫詩評と四川   四 おわりに  実地踏破の重視による行旅の変容    終 章   一 集注本、詩話総集と中間層文人の諸相   二 中間層文人と江湖詩人   三 南宋文化の地域的偏差   初出一覧   あとがき   索  引 
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